私はずっと、自分が周囲の人々と同じ「ルール」を共有できていないような違和感を抱えて生きてきました。学校生活では提出物を忘れない日はなく、社会人になってからも、朝起きることがどうしてもできなかったり、重要な打ち合わせの最中に別のことを考えてしまったりと、常に失敗の連続でした。三十歳を過ぎた頃、仕事のストレスから体調を崩し、心療内科を受診した際に、先生から「ADHDの傾向があるかもしれません」と指摘されたのが、すべての始まりでした。最初は、自分が障害者かもしれないという現実に激しい拒絶反応を感じました。しかし、それと同時に、これまでの人生で起きた数々の不可解な失敗に、ようやく説明がつくのではないかという期待も抱きました。診断までのプロセスは、自分自身の暗部を覗き込むような苦しさもありましたが、心理検査の結果を詳しく説明してもらったとき、驚くほど心が軽くなったのを覚えています。私の脳は、新しい刺激には敏感に反応する一方で、単調な作業を持続させる機能が極めて弱いという特徴がありました。これは「努力」という言葉で解決できるレベルの話ではなく、パソコンのOSの仕様が違うようなものだったのです。診断を受けてから、私は自分に対する接し方を百八十度変えました。できないことを無理にできるようにする訓練をやめ、できないことは素直に認め、それをどうやって回避するかというシステム作りに没頭しました。例えば、全ての持ち物にGPSタグをつけ、家中の照明をスマート家電化して消し忘れを防ぐようにしました。また、主治医と相談して投薬治療を始めたところ、これまで濁流のように流れていた思考が穏やかな川の流れに変わり、落ち着いて物事を判断できる時間が増えました。診断名がついたことで、私は初めて自分の人生の操縦席に座ることができたと感じています。以前の私は、壊れた羅針盤を持って嵐の海を彷徨っているような状態でしたが、今は正確な地図と、自分の船の性能を知り尽くした航海士のような気分です。診断を受けることは、決して自分の可能性を狭めることではありません。むしろ、本当の意味で自分の特性を理解し、自分という唯一無二の存在を愛するための、最も誠実なプロセスだったのだと確信しています。