それは記録的な猛暑が続く七月の昼下がりのことでした。保育園から帰宅した三歳の息子が、突然「お口が痛い」と言って泣き出し、みるみるうちに体温が三十九度を超えたのです。慌てて小児科へ駆け込むと、医師は息子の口の中を覗き込み、即座に「ヘルパンギーナですね」と診断を下しました。懐中電灯で照らされた息子の口の奥、そして舌の脇には、赤く縁取られた白い水疱がいくつも並んでおり、見るからに痛々しい状態でした。帰宅後、息子は喉の渇きを訴えましたが、大好きな麦茶を一口飲んだ瞬間に、舌を抱えるようにしてのたうち回り、火がついたように泣き始めました。ヘルパンギーナの恐怖は、この「飲みたくても痛くて飲めない」というジレンマにあります。私は必死で舌に刺激を与えない飲み物を探し、キンキンに冷やしたリンゴジュースをストローで、舌の患部を避けるようにして少しずつ飲ませることにしました。食事は一切受け付けず、プリンやゼリーさえも舌に触れると痛むようで、首を振って拒絶し続けました。夜中も舌の痛みが引かないのか、何度も目を覚ましては泣きじゃくり、私は氷枕を何度も取り替えながら、少しでも痛みが紛れるよう息子を抱きしめ続けるしかありませんでした。二日目の夜、ようやく熱は下がりましたが、舌の水疱は潰瘍へと変わり、痛みはピークに達しているようでした。医師から処方された鎮痛剤を服用させ、薬が効いているわずかな隙に、冷ましてドロドロにした粥を流し込むようにして食べさせました。この時ほど、健康に物を食べられることの有り難さを感じたことはありません。三日目の朝、息子が自分から「ヨーグルト食べたい」と言ったとき、私は安堵のあまり涙が出そうになりました。舌の赤みが少しずつ引き、新しい水疱が出なくなったことが回復のサインでした。ヘルパンギーナはただの夏風邪だと思っていましたが、これほどまでに舌の痛みが子供を追い詰め、親を無力感に陥れる病気だとは想像もしていませんでした。結局、保育園に復帰できるまでには一週間を要し、息子の体重は一キロも減ってしまいましたが、再び元気に食事を摂る姿を見て、ようやく嵐が過ぎ去ったことを実感しました。舌に水疱ができるということが、小さな子供にとってどれほど絶望的な苦痛であるかを知り、これからの夏は今まで以上に手洗いと消毒、そして子供の口の中の変化に敏感になろうと心に誓った経験でした。
舌の痛みに泣き叫ぶ我が子を救ったヘルパンギーナ奮闘記