マイコプラズマ肺炎の治療には、抗菌薬(抗生物質)が不可欠です。しかし、ここで非常に重要なポイントがあります。それは、「どんな抗菌薬でも効くわけではない」ということです。むしろ、風邪や一般的な細菌性肺炎でよく処方される抗菌薬の多くは、マイコプラズマには全く効果がありません。この事実を知らないまま、不適切な治療を続けると、症状は一向に改善せず、いたずらに治療期間が長引いてしまうことになります。なぜ、特定の薬しか効かないのでしょうか。その理由は、マイコプラズマという微生物が持つ、ユニークな構造にあります。多くの細菌は、自身の体を守るための硬い壁、すなわち「細胞壁」を持っています。ペニシリン系やセフェム系といった、一般的な抗菌薬(β-ラクタム系薬剤)は、この細胞壁が作られるのを邪魔することで、細菌を殺したり、増殖を抑えたりします。しかし、マイコプラズマは、そもそもこの「細胞壁」を持っていない、非常に特殊な微生物なのです。壁がない相手に、壁を壊す薬を使っても、全く効果がないのは当然です。では、どのような薬が有効なのでしょうか。マイコプラズマに対して効果を発揮するのは、細菌の細胞壁ではなく、その内部にある、タンパク質を合成する場所(リボソーム)や、DNAの複製を阻害する薬です。具体的には、「マクロライド系」(クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)、「テトラサイクリン系」(ミノサイクリン、ドキシサイクリンなど)、そして「ニューキノロン系」(レボフロキサシン、モキシフロキサシンなど)といった種類の抗菌薬が用いられます。これらの薬は、マイコプラズマの増殖に必要な生命活動そのものをターゲットにするため、細胞壁がなくても効果を発揮できるのです。近年、特に小児のマイコプラズマ感染症では、マクロライド系の抗菌薬が効きにくい「耐性菌」が増加しており、問題となっています。そのため、初期治療で効果が見られない場合には、テトラサイクリン系やニューキノロン系の薬に変更する必要があります。しつこい咳や熱が続き、最初に処方された抗菌薬を飲んでも改善しない場合は、マイコプラズマ肺炎の可能性を疑い、再度医師に相談し、適切な薬を処方してもらうことが、治療期間を短縮するための鍵となります。
なぜ効かない?マイコプラズマ肺炎の薬選び